構想約2年、実行約1年半にわたる「酒米づくりツアー」が、
いよいよ晴れの舞台を迎える日がやってきました。
思い起こせば、開墾からお田植え、稲刈り、そしてネーミングとラベルの検討など…、
そしてプロジェクト発足当時から参加しているメンバーの方からすれば、
荒れに荒れたあの『御門』の土壌が、まさか日本酒を作れる大地へと育つなんて。
こう思うと非常に感慨深いものがあるなと、思わずにはいられませんね。
今回は特別編として、みなさんがこれまで歩んできた、
『酒米づくり』のこれまでを、冒頭にダイジェスト版として書き添えながら、
今回のツアーの様子に、結び付けていきたいと思っています。
ご自身の手によって造られた銘酒の、肴にしていただけますと、これ幸いです。

※レポートを最後までご覧いただくと今回のツアーで撮影した写真の一覧がございます。
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「今度は酒米を植えて、日本酒を造ろう!」
という声がきっかけでスタートしたのが、2010年5月29日。
自分のお酒を手にしたいと、キャンセル待ちが出るほど申込者が殺到しましたね。
お田植えの手つきは、みなさんとても慣れたものでした。
このあと、萬屋醸造店さんから春鶯囀(しゅんのうてん)や鷹座巣(たかざす)などの、
試飲をはじめ、日本酒に関するレクチャーを行うのですが、
このときはまだ、どんな日本酒ができあがるのか、想像もつきませんでした。

そして例年よりとても厳しい酷暑を耐え抜いた、みなさんの酒米。
それを支えてくれたのは、他でもないNPO法人「えがおつなげて」のスタッフたちです。
「日照りに不作なし」とは、昔からある日本のことわざですが、
私たちが、秋に黄金色の稲穂と対面できたのは、彼らの努力なしにはありえませんでした。
現地の方々の大きなサポートも、もちろん忘れるわけにはいきませんね。
この場を借りて、心から感謝の気持ちを伝えたいと思います。
「酒米づくりツアー同窓会」 などで交流を深め、迎えた秋の収穫祭。
雲ひとつない秋晴れ…、とはいかず、残念ながら冷たい小雨が降る中での収穫でした。
それでも、小さくない不安もあった中で見事に頭(こうべ)を垂れた、みなさんの稲穂。
バスを降りてから見た、みなさんの満足そうな笑顔は、忘れられないシーンのひとつです。
あいにくの雨により、1枚の棚田しか刈り取ることはできなかったのですが、
ざくっと刈り取るときの気持ちよさや、棚田がどんどん裸になっていくその姿。
こうした作業の達成感や感動は、何度味わっても、きっと変わらないものなのですよね。


この日はお風呂とお昼ごはんを先に済ませ、
いよいよみなさんの日本酒の、名前とデザインを考えるワークショップを行いました。
象徴的な名前がたくさん出揃い、みなさんでとても悩んでいましたね。
これは増富という土地や住む人、情景、そして酒米に愛着を感じたからこそ、だと思います。
こうした想いは、きっと酒を醸す萬屋さん、そして生まれてきた日本酒に、伝わったはずです。
そしていよいよ、「純米酒 丸の内」 がお披露目を迎える日となったわけです。
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「純米酒 丸の内」 と顔を合わせるべく向かったのは、
南巨摩郡富士川町(旧増穂町)に蔵を構える「萬屋醸造店」さん。
このツアーでは、すでにおなじみの蔵元さん。今回は私たちが初めての訪問です。
初めてといえば、この日は甲府周辺で今シーズン初の積雪だったそうです。
都心でも大雪に見舞われ、道中はまさに雪国。
山々は上からパウダーを降り注いだように白い化粧を施されていました。
山梨の四季をまた一つ味わうことができたと思えば、これもまた一興、ですね。

甲府南ICで一般道に入り、まずは道の駅「とよとみ」に寄り道。
ここは2009年に行われた、全国各地の農産物直売所が日本一を競う
「直売所甲子園2009」で、見事初代グランドチャンピオンを受賞した直売所です。
しかし今年は夏場の酷暑、そしてリバウンドのような厳冬に見舞われ、
作物の収穫量が芳しくないとのこと。野菜売り場も心なしか、閑散としていました。
そもそも野菜が充実していても、ここは午後にはほとんどの野菜が売れてしまう、とのこと。
ぜひ今度は、そんな活気が溢れているときに、足を運んでみたいものですね。


